【対談】中国EC市場の最新トレンドを探る
世界最大のEC市場へと成長した中国。さらなる成長が見込まれ、日本企業の関心も高い。中国EC市場の攻略方法を、トランスコスモスチャイナCEOの山下氏、今春まで日経BP中国社董事長兼総経理を務めた藤田氏に語ってもらった。
l 中国EC市場は今後も伸びる
売れ筋商品が変化
藤田:中国ではネットでモノを買うことに対して抵抗がありません。食品や日用品も、すべてネットで買っています。中国のEC市場は2015年には日本市場の7・5倍、2016年には約12倍にまで成長しました。現在も中国のEC市場は爆発的に伸びているのでしょうか?
山下:さすがに伸び率は鈍化しています。市場が十分大きくなっていますから。ただ、閉塞感はまったくありません。さらに売上を伸ばすための施策が矢継ぎ早に出され、変わらず活況を呈しています。
ここ数年、モバイル端末が一気に普及し、モバイルを使ってネットで注文することが一般化しました。クルマなどの高額品の購入も、一般品と変わらずネット経由です。日本のように新聞折り込みチラシを見て販売店に行くということはありません。価格、クーポン、キャッシュバックなどをネット上で比較・検討してから販売店に足を運んでいます
トランスコスモスチャイナは2016年に設立10周年を迎えた。写真は上海で開催した設立記念式典の様子。向かって一番右が山下氏。
藤田:日本企業が中国市場に参入する際、ECは欠かせません。ECへの進出の仕方は大きく分けて2つあります。1つは越境EC。香港などの海外から、個人輸入の形で買ってもらう。もう1つは現地EC。中国にパートナーシップ企業もしくは現地法人を設立する方法です。
山下:腰を据えて、きちんとやろうとするなら、現地法人を開設して中国で製品を作るか、日本から商品を輸入して販売するかのどちらかです。ただ、そこまで踏み切れず、越境ECでスタートする場合も少なくありません。
また、日本からの並行輸入だと価格が乱れることがあり、正規品として展開するために越境ECを行うケースもあります。
藤田:まだECを始めてない企業が、とりあえずトライする場合、越境ECは有力な選択肢になりますね。
山下:確かに日本で製造している場合なら、越境ECは有力な選択肢になると思います。リードタイムを短くできますから。一方、中国工場で日本向けに生産している場合だと、日本に1回輸出して、そこから越境することになり、物流コストも含め無駄が多くなります。中国で生産したモノは中国で販売したほうがいい。どこで製造しているかが1つのポイントです。
藤田:スタート時は越境EC、軌道に乗れば現地ECに移行、という流れですね。
山下:越境でスタートし、リスクを抑えた状態でブランドイメージを構築し、売上を作った上で現地ECに変えた成功例はたくさんあります。1つの成功パターンと考えていいと思います。
藤田:ECで売れる日本製の商品と、日本で中国人が買う商品の傾向は似ていますか?
山下:訪日客が買っている商品は越境でも売れていますね。
藤田:数年前まで訪日客が炊飯器などの白物家電を購入して、大きな段ボールで持って帰る光景が見られましたが、今はそういう光景は見られませんね。
山下:今の売れ筋は低価格商品に移っています。日用品、医薬品、お菓子、健康食品などです。購入先もドラッグストアやスーパーマーケットが多くなりました。ファッションでいえば、早いタイミングで中国に進出し、ブランドが定着している企業の製品は人気が高いです。それとベビー服なども人気があります。日本のモノは気配りができた商品が多いからでしょう。
l 中国ECで成功するために、最新のマーケティングを活用
藤田:中国のECサイト(プラットフォーム)はたくさんあります。選ぶにあたっての注意事項を教えてください。
山下:天猫(TMALL)が全体の半分を押さえているので、やはり外せません。あとは販売形態によります。商品を卸してプラットフォームで売ってくださいというスタンスなら、京東商域(JD.com)が強い。ECリテーラーとしてはナンバーワンです。
藤田:天猫はアリババグループが運営している中国最大のBtoCサービスですね。御社がコンサルテーションする場合はどのように提案されるのでしょうか?
中国のEC市場は 「いける」と思った瞬間、 みんながやってくる。 早め早めの施策が必要
山下:お客様のニーズを伺い、販売されたい商品の特性をじっくり見極めた上で、お客様企業ご自身でのEC進出、日本からの越境EC、さらには当社のECチャネルを通じての委託販売など、さまざまな選択肢の中から最適な方法を提案します。もちろん、中国においてもサイト構築から販促プロモーション、ロジスティクスなどECに関連するすべての業務をワンストップで提供しています。
藤田:天猫の特徴は何でしょうか?
山下:たとえるなら、天猫は百貨店で、認知度の高いブランドが集まっています。そのため出店ハードルも高く、許可が下りないケースも多い。天猫に出店できない場合は、他のプラットフォームへの出店、また事例は少ないですが、同じアリババグループの淘宝網(タオバオワン)への出店もあり得ます。
藤田:ECはマーケティングも難しいですね。日本以上に出店者が多いですから、どうやって目立てばいいのか、悩んでいる日本企業は少なくないと思います。
山下:いち早く話題を作り出すのが重要です。今でいえば、KOL(キー・オピニオン・リーダー)たちをうまく活用する必要があります。KOLもだんだん進化しており、天猫専属KOLやライブコマースに強いKOLなど、いろいろなKOLが出てきました。販売個数が決まっている商品の場合、ライブコマースに強いKOLの出番です。『あと200個で売り切れる』とカウントダウンを始めたり、『このグラス、売れています』と生放送でどしどし売っていったりという具合ですね。
藤田:なるほど、日本のテレビ通販に似ていますね。ライブコマースは、まさに旬なマーケティングですからね。
山下:中国の市場は『いける』と思った瞬間、みんながやってくるので、早め早めに新しい施策を打ち出す必要があります。次々に話題を提供してブランド価値を上げている企業は売上も伸ばしています。
藤田:常にECのトレンドを見て、何が流行するか、新しいマーケティング手法がなんなのかを探り、誰よりも早く新しいことをしていかないと興味を持たれないわけですね。
山下:世界中から続々と新しいブランドがやってきますから、新しいことを安く取り入れていかないと利益が出ない。ただ、各企業が単独で取り組むのは大変ですから、弊社のような会社が存在するわけです。私どもがお付き合いさせていただいているブランドは、堅調に売上を伸ばしています。
天猫(TMALL)でサービスを提供するすべての企業を対象にした評価で、トランスコスモスチャイナは2年連続で5つ星を獲得。2年連続の5つ星は日本企業で唯一。
l バックヤードを回せないと利益が出ない
藤田:その他に、日本ではあまり見られないマーケティング手法はありますか?
山下:例えば、アリババであれば、アリババグループ内にいろいろなマーケティングイベントが存在します。それらをうまく活用できるかどうかが大きなポイントです。一番有名なのは11月11日の『独身の日(ダブルイレブン)』。この日に、サイト上のいい場所をいかに取れるかが年間の売上を大きく左右します。
藤田:天猫は2014年のダブルイレブンの1日だけで571億元を売り上げています。アメリカのサンクスギビングデー(感謝祭)を超えるビッグイベントだと言っても過言ではありませんね。
山下:いい場所を確保するためにはいろいろな基準があり、それを目指して1年間頑張り続けなければいけません。販売額は業界ランキング何位以内とか、クレーム率は何%以下とか、そうした基準をすべて満たさないとダブルイレブンで戦えないのです。もう1つ、6月18日もダブルイレブンに次ぐ商戦日です。
その2つに参加するためには、アリババ内のさまざまな条件をクリアする必要があり、マーケティング計画が非常に重要になってきます。私どもは天猫と出店者の間に入り、天猫と交渉し、そうした枠を確保してきました。
藤田:中国のEC市場というと返品率の高さを思い浮かべますが、どのように対応したらいいのでしょうか?
山下:特にアパレルは多いですね。買って着てみて、要らないと思ったら返品する文化があります。サイトのルールをうまく使って訴訟を起こして補償金を払わせるケースもあります。ECサイト上のページで、こういう表記はOKで、こういう表記は危ないということは、私どもも経験を積んで、ある程度、判断できるようになりました。
藤田:中国の場合、カスタマーサポートもほとんどがチャットですね。
山下:アリババはアリワンワン(阿里旺旺)というチャットで全部やっています。基本、プリセールスでは電話は禁止です。
中国は経験がないと難しい市場。 負の要素を減らし、 リスクを少なくすることが、 中国でECに取り組む上では重要。
藤田:越境にせよ、国内にせよ、カスタマーサポートは置かなければなりません。日本のルールや考えは通用しない。天猫なら天猫のルールを分かっていないと、大きな失敗をする危険性があります。負の要素を減らし、リスクを少なくすることが、中国でECに取り組む上ではかなり重要になってきますね。
山下:バックヤードをきちんと回せないと、プロモーションがうまくいっても利益を出せません。評価がオープンになっていますから、サービスは何点、物流は何点、合計は何点と数字で示されます。評価が業界平均より下になるとキャンペーンに参加できないので、そこも重視する必要があります。
l 中国語のマーケティング ニーズは、中国だけでなく ASEAN諸国でも拡大
藤田:ペイメントについてはいかがですか?
山下:中国は基本的にモバイルで支払う文化になりました。事故率は低いですね。たいていは入金がないと商品が発送されないシステムを採用しています。予約販売などは中国のほうが進んでいます。例えば、1万円の商品だったら1000円で予約販売して、納品の際、残金を払ってもらう仕組みです。
藤田:一種のマーケティングですね?
山下:そうです。検索性が高いので、安いもの順とか、売れたもの順とか、消費者はすぐに並べ替えます。上代の10~20%での予約受付金は天猫ルール上問題なく、安いもの順で検索されやすく、仕入れ管理も効率的で新商品の販売手法として有効です。
藤田:日本の企業が中国でECを始めようとしたときに一番驚くのは、パソコンがなくてスマートフォンが中心になっていることです。画面設計もスマートフォンがメインです。
山下:支払いの8割以上がモバイルなので、そうならざるを得ませんね。
藤田:台湾から進出する手法はいかがでしょうか? まずは台湾でブームを作り、中国本土に対してマーケティングしたほうが効率が良いという意見もあります。
山下:確かに台湾のほうがやりやすいですね。日本人からするとハードルが低いのです。台湾でテストマーケティングして、中国本土へという道筋も確かにあります。
藤田:中国はものすごく大きな国です。地方によって文化も行動スタイルも違う。実際、上海と北京、成都ではまったく異なります。同じマーケティング手法が通用するのでしょうか?
山下:違うところと共通のところがあります。モノによるかもしれませんが、どの地域でも、ユーザーが見た経験のある商品のほうが売りやすい傾向があります。ECも店舗がある地域で売れる。連動していますね。
藤田:逆にいえば、オンラインだけで勝負しようとするのは難しいのでしょうか?
山下:確かに、商品が見られればECでも売りやすい。しかし、結局、ブランド育成をどうするかだと思います。オフラインでブランド育成がきちんとできているなら、オンラインで力を入れれば両方で売れます。例えば、あるアパレル企業は土地代と人件費が高過ぎると、オフラインを全部閉じました。それでオンラインのみにしたら、売上がぐっと伸びた。ただ、これも実店舗を展開して、ブランドを作り上げたから出た結果です。オフラインでの経験がないと、こういった施策もとれません。しかし、オンラインだけで戦えないわけではない。トレンドに沿って検索に引っかかるようなタグを入れ、マーケティングを上手に展開することで売れていく商品も多くあります。
藤田:やはり中国は経験がないと難しい市場ですね。御社は中国市場で長年にわたって経験を積んできた強みがあります。
山下:私どもは、中国ECワンストップということでは約10年間の経験とノウハウがあります。この経験が安心感に繋がっていると思います。さらに近年では、中国語のマーケティングニーズは中国だけでなく、ASEAN諸国でも大きくなっています。中国から旅行される方や、現地に住む中国語圏の方々の消費が大きな中国語マーケットとなっているのです。私どもは、タイ・ベトナム・インドネシア・マレーシア・フィリピン・シンガポールなどに支社や拠点を持っています。こうした各国の拠点とも連携し、まずは中国、そしてASEAN各国へとお客様の海外EC進出の支援をさせていただければと考えております。
山下栄二郎 Eijiro Yamashita
2000年、トランスコスモス入社。
2006年、トランスコスモスチャイナCOO、2008年よりCEOに就任。
2017年、トランスコスモス株式会社 上席常務執行役員に就任。
藤田憲治 Kenji Fujita
1989年、日経BP社入社。
2010年にパソコン局長、
2015年、日経BP社執行役員、日経BP中国社董事長兼総経理に就任。
2017年より上席執行役員 カスタム事業本部本部長。
写真:竹井俊晴